速さと丁寧さは、本当に対立するのか
丁寧さが「非効率」と裁かれる場面があります。ただ、変わったのは丁寧さではなく、評価する側の基準です。
前の連載では、作ったものの価値が伝わらない構造を扱いました。ここからは、強みそのものが不利に働くという話です。
先に1つ置いておきます。強みが弱みに変わったのではありません。変わったのは、評価する側の基準のほうです。この違いは、最後の1本でもう一度扱います。
「丁寧さ」が、非効率と呼ばれる
一つひとつを丁寧に、完璧にやり遂げる。日本の職人気質と呼ばれてきたものです。本来、これは競争上の強みです。
ところが、速度を最優先する場では、その丁寧さが「非効率」として裁かれます。
ここで注意したいのは、本人は何も変えていないということです。同じ水準で、同じやり方を続けている。変わったのは、評価の基準のほうです。
だから気づくのが遅れます。自分の中には変化がないので、外で何が起きているかが見えません。
丁寧さは、1つのものではありません
「丁寧にやる」と言うとき、実際には別の作業が混ざっています。

品質を上げる丁寧さ ★ 仕上がりそのものを良くする
手戻りを防ぐ丁寧さ ★ 後で起きる問題を、先に潰す
この2つは、評価のされ方がまったく違います。
品質を上げる丁寧さは、相手に見えます。仕上がりを見れば分かるので、評価の対象になります。
手戻りを防ぐ丁寧さは、相手に見えません。防いだ問題は起きないので、何も起きなかったようにしか見えない。成果が「何も起きなかったこと」である以上、評価されようがありません。
そして、時間がかかっているように見えるのは、たいてい後者のほうです。
見えない仕事が、遅さとして計上されます
手戻りを防ぐ工程 ★ 時間として計上される
防がれた手戻り ★ どこにも計上されない
差し引きでは得をしていても、帳簿の上では時間だけが増えます。
前の連載で、生産性は割り算だという話を書きました。付加価値を投入時間で割る。手戻りを防ぐ工程は、分母を増やしますが、分子には現れません。防いだ損失は、売上として立たないからです。
つまり、丁寧であるほど生産性の数字は悪化します。
ALTEVOはこう考えています
丁寧さをやめるべきだとは考えていません。ただ、見えない丁寧さは、見えるようにしないと守れないと考えています。
この工程で、何を防いでいるのか
防がなかった場合、何が起きるのか
過去に、それが実際に起きたことはあるか
3つ目が要点です。実際に起きた記録があれば、その工程は防御として説明できます。記録がなければ、「念のため」としか言えません。
「念のため」は、効率化の議論でほぼ必ず削られます。理由を説明できない工程は、守る根拠を持ちません。
私たちが設計対象にしているのは、何を防いだかが残る状態です。前の連載で扱った「判断の履歴」と、同じ考え方です。
ただし、これは仮説です。
反証:ただ遅いだけの場合があります
はっきり書きます。丁寧さと呼ばれているものが、実際には惰性であることがあります。
昔のトラブルを避けるために作った手順
★ そのトラブルが起きなくなってからも、続いている
防いでいる対象がすでに存在しないなら、その工程は防御ではありません。記録を取ると、このことも同時に見えます。「何を防いでいるのか」に答えられない工程が出てきたら、それは削る対象です。
もう1つ。速度が勝負を決める局面は、実際にあります。先に出したほうが市場を取る場面では、完成度より速度が正しい。この局面で丁寧さを守ると、守ったまま負けます。
見分ける目安は、やり直しが効くかどうかです。やり直せる領域では速度を優先し、やり直せない領域では丁寧さを優先する。一律に決める話ではありません。
次回
丁寧さは、見せないと評価されません。
ところが、自分から主張しないことも、日本企業の美点として扱われてきました。
次回は、そこを扱います。謙虚さと発信力は、両立できるのか。
この課題に、ALTEVO は2つの形で向き合っています。