原因が外にあると、なぜ確信できるのか
他責は性格の問題として語られがちです。実際には、見えている範囲の中で最も合理的な結論です。
前回、現場の情報が経営者に届くまでに加工されるという話を書きました。今回はその続きです。
届いていない情報の中に、自社の問題が入っています。
他責は、性格の話にされがちです
業績が落ちたとき、原因を市場や政策や取引先に求める。この傾向は「他責志向」と呼ばれ、経営者の姿勢の問題として語られます。
この説明は、あまり役に立ちません。姿勢が原因なら、対策は「意識を変える」になります。意識で変わるなら、とっくに変わっています。
別の見方をします。
見えている範囲では、外的要因しか見つかりません
判断は、手元にある情報の中でしか行えません。そして前回見たとおり、手元に届く情報からは自社の内部要因が抜け落ちています。

外部の情報は数字として届きます。内部の判断の履歴は、記録に残っていないので届きません。
この状態で原因を探せば、外にしか見つかりません。他責は、視界の中では最も合理的な結論です。
帰属の非対称は、ここに乗ります
人には、自分の失敗は状況のせいに、他人の失敗は能力のせいにしやすいという傾向があります。心理学で長く指摘されてきた偏りです。
ただし、この傾向だけでは他責の強さを説明できません。傾向は誰にでもあるのに、企業によって程度が大きく違うからです。
差を作っているのは、内部の判断履歴が見えているかどうかです。履歴が残っている組織では、外部要因を挙げた瞬間に「ではあの判断はどうだったのか」という照合が起きます。残っていない組織では、照合する対象がありません。
偏りは同じでも、それを止める仕組みの有無で結果が変わります。
ALTEVOはこう考えています
帰属を正そうとしても、変わらないと考えています。
「他責をやめましょう」「自社の課題に向き合いましょう」という働きかけは、姿勢に対する介入です。姿勢は、情報が変われば後から変わります。逆に情報が変わらないまま姿勢だけ変えると、根拠のない自責になります。これは他責より危険です。原因が特定できないまま責任だけを引き受けると、次の判断ができません。
私たちが設計対象にしているのは、内部の判断履歴を、外部の数字と同じ画面に並べられる状態です。売上の変化と、その期間に社内で何が決まって何が見送られたかを、同じ時間軸で見る。
並べば、比較が始まります。「市場が悪かった」が本当かどうかは、比較して初めて検証できます。
ただし、これは仮説です。
反証:本当に外部要因が主因のことはあります
はっきりさせておきたいことがあります。外部要因が主因である場合は、実際にあります。
為替の急変、法改正、大口取引先の撤退、業界全体の需要減。これらは自社の判断とは無関係に起きます。この状況で「内部に原因があるはずだ」と探すのは、時間の浪費です。
見分ける目安は1つあります。同業で同規模の会社が、同じ影響を受けているかどうか。受けているなら外部要因が主因です。自社だけが落ちているなら、外にはありません。
もう1つ。内部履歴を並べることには副作用があります。過去の判断が検証可能になると、判断した本人が責任を問われる材料になります。そう受け取られた瞬間、記録は書かれなくなります。
記録を評価に使わないという運用上の線引きが、仕組みより先に必要です。この線引きは、システムでは担保できません。
次回
内部の履歴を並べても、それを同じ意味で読めなければ比較になりません。
同じ数字を見て、世代によって別のものが見えている。同じ言葉を使って、別のことを指している。この状態では、履歴を共有しても議論が噛み合いません。
次回は、そこを扱います。敬意は、何を根拠に成立していたのか。
この課題に、ALTEVO は2つの形で向き合っています。