読了 約6分 日本経済の課題

やることが増えるほど、やるべきことが見えなくなる

材料が増えると、判断の前にもう1つの判断が生まれる。意思決定が複雑化する構造を分解します。

連載 情報は、判断に変わらない 第1話/全3話
情報が意思決定の材料を増やし、判断の階層が一段深くなる一方で、判断の基準だけが更新されていないことを示す構造図
目次
  1. 会議の最初の10分
  2. 道具は、すでに行き渡っています
  3. 選択肢が増えると、人は決めなくなる
  4. 増えたのは情報ではなく、意思決定の材料です
  5. 基準とは、1段目を省くための仕組みです
  6. ALTEVOはこう考えています
  7. 反証:1段目を固定すべきでない場合
  8. 次回

これから6週間、日本経済の構造的課題を25本にわたって扱います。

ただし私たちは、これを25個の問題だとは考えていません。1つの構造から出ている、25の症状だと考えています。その構造が何かは、最後に書きます。

1本目は、最も身近なところから始めます。

会議の最初の10分

経営会議の冒頭で、こういう時間が発生していないでしょうか。

営業が出した売上と、経理が出した売上が一致しない。どちらも間違っていない。集計の締め日が違うだけです。それを確認するのに10分かかり、本題に入る頃には全員の集中が落ちている。

データが足りないのではありません。多すぎて、どれを正とするかが決まっていない。

道具は、すでに行き渡っています

中小企業庁の『2025年版中小企業白書』によれば、何らかのデジタル技術を導入済みの企業は約9割に達しています。一方で、ビジネスモデルの変革まで到達した企業は横ばいのままです。

利用ツール数の調査では、会社全体で10〜49種類、個人が日常的に触れるのは1〜3種類という結果が出ています(クリエイティブバンク 2025年11月・n=1,243)。

全社では数十種類が動いているのに、一人が見ているのは数種類。この断層が、同じ会社の中で別々の事実を作ります。

選択肢が増えると、人は決めなくなる

意思決定の研究には choice overload(選択過負荷:選択肢が増えるほど、選ぶこと自体を先送りする傾向) という概念があります。また bounded rationality(限定合理性:人が一度に処理できる情報量には上限があるという前提) も、半世紀以上前から知られています。

ただし、企業で実際に起きているのは、もう少し具体的です。

増えたのは情報ではなく、意思決定の材料です

情報が増えるとき、増えているのは事実の数だけではありません。判断に使える材料が増えています。

かつて値上げの判断に必要だったのは、原価と競合価格くらいでした。いまは違います。顧客別の購買頻度。チャネル別の粗利。解約率。レビューの内容。広告の獲得単価。在庫の回転。どれも取得できて、どれも判断に関係します。

材料が増えれば、判断は精密になります。ここまでは前進です。

問題はその先です。材料が増えると、判断の前にもう1つの判断が発生します。

今回は、どの材料を使うか。

これが意思決定の複雑化の正体です。決める作業が難しくなったのではありません。決める前に決めることが増えました。判断の階層が、一段深くなっています。

かつて   材料 → 判断
いま     材料 → どの材料を使うか → 判断

会議の10分は、ここで消えています。参加者は「数字の照合をしている」と思っていますが、実際には1段目の判断をその場でやり直しています。

基準とは、1段目を省くための仕組みです

判断の基準があるとは、「この種の判断では、この材料を、この定義で見る」が事前に決まっている状態のことです。決まっていれば、1段目は飛ばせます。会議は2段目から始まります。

どの数字を正とするか   single source of truth(単一の正)
誰がそれを決めるか     定義を確定する権限の所在
決めた記録はどこか     次に参照できる形で残っているか

決まっていなければ、1段目は毎回発生します。しかも会議の場では、それが「材料選びの議論」だとは認識されません。数字の食い違いや、部門ごとの視点の差として現れます。原因が見えないまま、時間だけが消えます。

さらに、基準がないと施策は足し算になります。何かを始める判断に基準は要りませんが、やめる判断には要るからです。やめられないまま、やることだけが積み上がる。

「やることが増えるほど、やるべきことが見えなくなる」という逆説は、ここで生まれています。

ALTEVOはこう考えています

意思決定が複雑になったこと自体は、悪いことではありません。材料が増えたのは、経営の解像度が上がったということです。減らして元に戻すのは、後退です。

必要なのは、1段目を固定することだと考えています。どの判断に、どの材料を、誰の定義で使うか。これを一度決めて記録に残せば、2段目に使える時間が戻ってきます。

道具を増やしても1段目は固定されません。むしろ材料が増えるぶん、1段目の負荷は上がります。私たちが設計対象にしているのは、道具ではなく、この1段目です。

ただし、これは仮説です。反証のほうが有益です。

反証:1段目を固定すべきでない場合

新規事業、新しい市場、前提が崩れた直後。こうした探索の局面では、材料も選択肢も増やすべきです。

この段階で基準を早く固めると、間違った基準で最適化してしまいます。動かない基準は、変化の速い局面では負債になります。実際、固定した基準が古くなったまま運用されている会社のほうが、基準がない会社より危ういことがあります。

固定すべきなのは、同じ判断を繰り返している場合です。同じ論点で3回議論しているなら、それは基準が存在していない証拠だと考えてよいと思います。議論が足りないのではなく、決めるべきものが決まっていない。

次回

基準は、誰かが決めなければ生まれません。そして多くの会社では、それを決めているのは制度でも文書でもなく、経験の長い人の頭の中です。

その状態が悪いとは限りません。判断が速く、外れも少ない。長く続いた会社ほど、その精度は高いはずです。

問題は、それがいつ資産から負債に変わるのかです。

次回は、経験則そのものを扱います。勘のどこを残し、どこを検証するのか。

次回

次回は「経験則への過度な依存」を扱います。勘のどこを残し、どこを検証するのか。

この課題に、ALTEVO は2つの形で向き合っています。

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